更新頻度を上げる、と言った手前…。
おおはたさんの『みつどもえ』のバージョン違いに関するエントリを拝見して。
アニメと放映局の関係に関する話題であり、以前なら私が真っ先に飛びついてサイトのネタにしているかも知れません。
それでは、どうして今はサイトで取り上げないかというと……いろいろ理由はありますが、結局のところ「取り上げようという気が起きるほど、この問題に関心がないから」という答えになってしまうんですね。
2006年頃までは、放映時間帯を問わず一定数の新作アニメを見ており、またそれに関連して見ていないアニメに関しても放映事情ネタに関するアンテナを張り巡らせていました。
それに較べると現在は、新番組情報こそ一通りチェックはしていますが、実際に選んで見始まる新作アニメはシーズンに2本前後といったところで(今夏はゼロでした)、現在の新作アニメ事情に精通しているとはとても言えない状態です。
そうなると、先のおおはたさんのエントリのような記事を読んで話題に興味を持っても、そもそも『みつどもえ』はどのようなネット局・ターゲット層・放映形態のアニメなのか?という知識がないため、どうしてもその先を調べてHTML形式にコンテンツを起こして、という手順まで進まないということです。
これが私の見ているアニメ、例えば『夢色パティシエール』『会長はメイド様!』あたりで同じことが起こっていたなら、今でも真っ先に調べる気力はあるのですが……。
まあ、それだけで話が終わっても更新の意味がないので(^_^;)、ちょっと思うところを書いてみます。
そもそもの段階として、独立局ならまだしも「毎日放送と中部日本放送」の間で放映されるバージョンが異なるという状況が以前では考えられなかっただけに、そういうデリケートな判断が求められる方向に表現が加速しているのだろうな、という印象ですね。(前述のように『みつどもえ』がどのようなタイプの作品なのかを把握していないので、どうしてもこのような他人事の文章になってしまいます…)
特定の映像表現・単語が局によってOKだったりNGだったり、という差異は2000年代前半から深夜アニメでは見られた現象です。
それはそれで、実際に何か起こるたびにファンの間では話題になっていたわけですが、2000年代中頃になると制作スタッフ自ら、こうした表現規制を逆手に取ったストーリーで作品を作ったり(個人的には、当時最も規制が厳しいと言われていたテレビ東京の“女性の下着は映さない”とされる方針の裏を突いた『舞-HiME』の演出が印象的でした)、規制が入るのをお構いなしでエロ・グロに走る作品が登場するようになります。
こういった表現規制に対する業界側のスタンスの変化の流れがる中で、2010年代前半は「従来は規制を受ける立場だった制作サイドが、逆に放映局に選択肢を提示する」段階に入ったのかなぁ、という気がしますね。
『みつどもえ』のケースが仮に成功を収めれば、同様の手法を採用する作品は増えてくるかも知れません。
それが更にエスカレートすると、今度は放映局側が「付き合いきれん」となって複雑な手続きのある作品を断るようになるでしょうから、2010年代後半には、またそれに合わせた違ったスタイルが登場するのでは?……と、まあ勝手に予想しています。
少し前の話ですが、感想サイトを回って、『名探偵コナン』でこの夏に放映されたデパート爆弾事件の感想を読んでいて思ったこと。
赤井秀一が生きているのって、私はずっと「年季の入った視聴者的には既知の情報」だと思ってたんですが、実際はそうじゃないのかな?……と。
以下、『名探偵コナン』をご覧になっていない方には分からない話になりますが……。
赤井秀一が一応の“殉職”をするシーンは、2008年5月19日放映「赤と黒のクラッシュ 殉職」(第504話)にあります。いったん保護した水無怜奈(キール)を再び組織に潜入させる作戦において、キールの組織への忠誠を信用させるため、峠に赤井を呼び出して怜奈自身が射殺するという展開でした。
ただ、ここに至る一連の場面では、“黒ずくめの組織”に対して「赤井が殉職したと思い込ませるための策略」があると思しき描写が散見されるんですよね。
まず、病院で怜奈を組織に再潜入させる計画を練る場面のラスト部分には、まだ本編では内容の明かされていない“提案”が行われています。
峠で赤井と対峙した怜奈が言った「こんなに上手くいくとは思わなかった」というセリフも曖昧な印象で、表向きは“盗聴しているジンに悟られないよう、組織の一員としての行動を徹底した”と捉えるように作られている場面ですが、先の病院での未解明の伏線を踏まえると、“赤井が死んだと見せかけるための手筈が(こんなに上手くいくとは思わなかった)”と解釈する方がストーリーの辻褄には合っていると思います。
また、“赤井の殉職という事実”に対してコナンが表情を歪めたり、殉職を確信していることを示唆する類の描写は一貫して描かれておらず(これは、銀行強盗やデパート爆弾など後の関連エピソードでも同様)、それどころか第504話ラストシーンではこの一件について思わせぶりなモノローグも挿入されています。
現に『名探偵コナン』では、FBIチームの登場に際して黒の組織絡みの人間であろうと推測させたまま数年引っ張るという前例があるんですよね。
その際、組織の人間であることを示唆していた(と当時は思った)セリフやモノローグにもきちんと辻褄が合っています。
そういう例を知っていること、また放映開始以来ずっとレギュラー・準レギュラーキャラクターに死亡者が出ていなかったことから、第504話の時点で今回も同じパターン(視聴者には殉職したと思わせておく)なんだろうな~、という前提で見ていました。
しかし、最近のデパート爆弾事件に関するファンサイトや感想サイトの言説を見て回ると、どうも「赤と黒のクラッシュ」の時点では赤井は殉職を信用しておられた方が多いようで、自分の推理に自信がなくなった次第で(^_^;)